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おたくの起源 [チラシの裏]

1970~80年代、「海のトリトン」あたりから始まる熱狂的アニメリスペクトは、学生運動に乗り遅れた世代のマニアックな知識層、というか暇な大学生による、少女漫画リスペクトとかの延長として行われた「遊び」であった。(カルトといってもいい。)これが、「宇宙戦艦ヤマト」の再評価、劇場版公開など、一般を巻き込む「ブーム」に発展していくと、思春期を迎えたもっと若い層の一部に「かっこいい」ととらえられていき、当時はインターネットなどなかったので、専門店や上映会、即売会におずおずと向かうようになっていく。

熱が出るほど詰め込んだアニメやSFの知識を分かち合いたい、自慢したいが、そのほとんどが内気な性格だったため(日本におけるナードという被差別階級の発生だったのかもしれない。)、勇気を振り絞って話しかけたその瞬間、なぜか相手を呼ぶ二人称として採用されたのが「おたくはさぁ」だった。

「おたくはさぁ、どんなアニメ好きなの?」とか「おたくはどっかサークル入ってるの?」とか。
ここで多数が「おたく」を使った理由は必ずあると思うのだが、残念ながらはっきりわからない。なんとなくかっこよかったとか、先鞭をつけたお兄さんが使っていたからかもしれない。(あるいは単純にテレビドラマとかかもしれない。)本来はあまり好ましい呼び方ではなく、この前の世代までは、議論をふっかけたいときなどに使っていたような気がするのだが、当時はごく普通の会話でも「おたく」と言う人が本当にたくさんいた。

元からいたSFマニアやアニメカルトたちは、ずかずかと大挙して聖域に踏み込んでくる、この「人のことおたくって言う子たち」に拒否反応を示し、どちらかというと発達心理学(中2病というべきか?)の問題ではないかと思うのだが、類型化して差別するのが大好きな日本人気質が働いたのか、「痛いにわかマニア」を指す「おたくくんたち」とくくって馬鹿にした。(wikipediaではログイン編集部内でとか書いてあるが、特にどこで発生したという話ではなかった気がする。そのくらい多かった。)
だが、何事も数は力であり、排斥された方が圧倒的に人数が多かったので、彼らは独自のコミュニティーを作り発展していく。これを見に行ってカルチャーショックを受けた中森明夫によって、漫画ブリッコ紙上に「おたくの研究」として紹介され、これが一般的に「オタク」の語源とされている。この文章の趣旨は、要するに「きんもーっ☆」であり、上から目線で蔑む内容となっている。(なにしろ、締めが「ちょっと大人の東京おとなくらぶの」筆者はこうおもうわけです、とか書いてあった。当時はエロ雑誌にこういうサブカル好き知識人気取りの文章がやたらと載っており、自販機本とかのほうがステイタスが上で、かっこよかったらしい。)

最初は「痛い子」を指す言葉だったのに、選民意識と同族嫌悪と火病によって、もっとラジカルな蔑称となった訳だが、彼ら・・・というか我々はサブカルマニアになりたかったわけではないので、この呼称を受け入れ、やがてアニメや漫画はサブカルでなくなってしまい、今に至る。
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